災害は突然やってきます。地震、台風、洪水——そんなとき、大切な犬や猫と一緒に避難所へ向かう場合、ペットがその環境に適応できるかどうかは大きな課題です。慣れない場所、知らない人々、ほかの動物の存在。ストレスフルな状況でも、ペットが落ち着いて過ごせるよう、事前にトレーニングをしておくことは、飼い主にとってもペットにとっても心強い準備になります。この記事では、災害時の避難所で犬や猫が安心して過ごせるようにするためのトレーニング方法とその理由を紹介します。〜Big Tree for Animals
なぜ避難所でのトレーニングが必要なのか?
避難所は、ペットにとって普段の生活とはまったく異なる環境です。多くの人が行き交い、物音が響き、スペースも限られている場合があります。犬や猫がこうした状況に慣れていないと、ストレスから吠えたり、怯えたり、場合によっては攻撃的な行動に出ることも。こうした行動は、ペット自身の心身に負担をかけるだけでなく、避難所での共同生活を難しくする可能性があります。
事前にトレーニングをしておけば、ペットは新しい環境に順応しやすくなり、飼い主も安心して避難生活を送れます。また、ペット同伴の避難所が増えつつある今、ほかの避難者や動物たちと穏やかに共存できるスキルは、ペットの安全を守るためにも重要です。準備を重ねることで、災害時でもペットとの絆を保ちながら、共に乗り越える力がつきます。
トレーニングの具体的な方法
以下のトレーニングは、犬と猫それぞれの特性を考慮しつつ、避難所での生活を想定したものです。少しずつ、楽しみながら進めてみましょう。
1. クレートやキャリーに慣れる
目的:避難所では、ペットをクレートやキャリーに入れておく場面が多くなります。安全確保や移動のしやすさのためにも、クレートが「安心な場所」だと感じられるようにします。

犬:クレートを安心の場所に
目的:クレートを犬にとって安全で心地よい空間にし、避難所での長時間の滞在や移動に備える。
トレーニングのステップ:
- クレートの導入
- リビングなど、犬が普段過ごす場所にクレートを置きます。ドアは開けたままにし、クレートの中を魅力的にしましょう。たとえば、犬が大好きなおやつ(小さくちぎったチーズや低カロリーおやつ)やお気に入りのおもちゃを中に入れます。
- クレートの中に柔らかいマットを敷いたり、通気性の良いデザインを選ぶと犬が安心しやすいです。
- 自発的な入室を促す
- 決して無理やり入れず、犬が自分からクレートに近づくのを待ちます。鼻を突っ込んだり、前足を踏み入れたりしたら、「いい子!」と明るい声で褒め、少量のおやつをあげます。最初の目標は、クレート=ポジティブな場所という認識を持たせること。体が半分入った状況で無理やり中に入れようとしてりしないでください。
- 毎日5~10分程度、この練習を繰り返します。犬がクレートの中に入って座ったり、くつろいだりするようになったら、次のステップへ移ります。
- ドアを閉める練習
- 犬がクレート内でリラックスしているときに、そっとドアを閉めます。最初は数秒だけ閉め、すぐに開けて褒めます。ドアを閉めている間も、落ち着いていられるようおやつを少し与えると効果的。
- 徐々に閉める時間を延ばし、1分、3分、5分と増やしていきます。犬が落ち着いているか観察し、吠えたり不安そうなら時間を短く戻して再挑戦。
- 長時間の滞在に慣らす
- クレート内で10分以上リラックスして過ごせるようになったら、飼い主が部屋から少し離れる練習を。最初は数分間、別の部屋に移動し、犬が静かにしていられたら戻って褒めます。
- 最終的には、クレート内で30分以上落ち着いて過ごせる状態を目指します。避難所では数時間クレートに入る可能性もあるため、ストレスなく過ごせるよう習慣化を。
- 移動をシミュレーション
- クレートに入った状態で家の中を軽く移動させたり、車に乗せて近所を一周したりします。揺れや音に慣れさせ、クレートが「移動中も安全な場所」と感じられるように。
- 移動後は必ずクレートから出して遊びや散歩でリフレッシュさせ、ポジティブな経験で締めくくります。
ポイント:
- 犬のペースを尊重し、怖がる場合は一歩戻る。焦ると逆効果に。
- クレートを罰の場所にしない。叱るときにクレートに入れるのは厳禁です。
- 毎日短時間(10~15分)の練習を積み重ね、1~2ヶ月かけて慣らすのが理想。
猫:キャリーを第二の家に
目的:キャリーを猫が安心して過ごせる場所にし、避難時の移動や避難所での一時的な滞在に備える。
トレーニングのステップ:
- キャリーを日常に溶け込ませる
- キャリーをリビングや猫がよく過ごす場所に置き、ドアを開けた状態で常に出しておきます。キャリーを「特別なもの」ではなく、部屋の一部に。
- 中に猫が好きな柔らかい毛布やタオルを敷き、キャットニップやお気に入りのおもちゃを入れる。猫が普段寝る場所の匂いがついた布を使うと、より安心感が増します。
- 自然な入室を待つ
- 猫を無理やり入れないことが鉄則。キャリーの近くでおやつをあげたり、入り口付近で遊んだりして、猫が自ら近づくきっかけを作ります。
- キャリーに鼻を入れたり、前足を踏み入れたりしたら、「いいね!」と静かに褒め、小さなおやつを少しあげます。猫が中に入って座ったり、くつろいだりするようになったら成功のサイン。
- ドアを閉める練習
- 猫がキャリー内でリラックスしているとき、そっとドアを閉めます。最初は数秒で開け、落ち着いていられたらおやつを。猫は閉じ込められる感覚に敏感なので、短時間から始めるのがコツ。
- 徐々に閉める時間を5秒、10秒、30秒と延ばします。猫が落ち着いていられるか、尻尾の動きや耳の向きで確認。ストレスサイン(耳を伏せる、尻尾を振る)があれば時間を短く。
- キャリーでの滞在を快適に
- キャリー内で5分以上過ごせるようになったら、中におやつを隠したり、毛布で居心地を良くしたりして、「キャリー=くつろぎの場所」にします。
- 毎日短時間の練習を続け、キャリーに入ることが猫にとって自然なルーティンになるよう習慣化。最終的には15~30分落ち着いて過ごせる状態を目指します。
- 移動に慣らす
- キャリーに入った状態で家の中をゆっくり移動。最初は部屋から部屋へ、数メートル運ぶだけでもOK。猫が落ち着いていられたら褒めて出します。
- 慣れてきたら、キャリーを持って廊下や家の周りを短時間歩く。最終的には車に乗せて近所を一周する練習を。移動中はキャリーを安定させ、急な揺れを避ける。
ポイント:
- 猫は環境変化に敏感です。キャリーを怖いものと連想させないよう、常に穏やかな雰囲気で遊びながらのトレーニングにしましょう。
- 練習は1日5~10分、猫の機嫌が良いとき(食事後や遊びの後)に。
- キャリーを病院だけの道具にしない。普段からポジティブな経験を積ませる。
関連記事:犬との信頼関係を築くクレートトレーニング:初心者向け実践ガイド、クレートトレーニングは「グレート」トレーニング!、クレートトレーニング、
2. 知らない人や動物に慣らす
目的:避難所では、見知らぬ人やほかのペットとの距離が近くなります。過剰な反応を防ぎ、落ち着いて過ごせるように準備します。

- 犬:散歩中に友だちや近所の人に協力してもらい、徐々に知らない人に近づく練習をする。最初は距離を保ち、犬がリラックスしている状態で褒める。慣れてきたら、穏やかな犬同士の挨拶を試みる。ドッグトレーナーのグループセッションも効果的。犬が知らない人に恐怖や攻撃性を示す場合、必ずプロのドッグトレーナーに相談し、適切な指導を受けましょう。
- 猫:猫は環境変化に敏感なので、まずは自宅で来客時に落ち着いていられる練習を。キャリーや隠れ場所を用意し、知らない人がいても安全だと感じられるようにする。ほかの動物との接触は避難所では最小限にすべきだが、窓越しに外の動きを見る経験を積ませると良い。
ポイント:ストレスサイン(犬なら耳を下げる、猫なら尻尾を振るなど)を見逃さず、無理のない範囲で進める。
3. 騒音や混雑に慣れる
目的:避難所は静かとは限りません。人の声や物音に慣れておくことで、ペットの不安を軽減します。

- 犬:テレビやラジオの音を少しずつ大きくしたり、ドアの開閉音を日常に取り入れる。慣れてきたら、公園やカフェなど少し賑やかな場所へ連れていき、リラックスできるか観察。落ち着いていられたらご褒美を。
- 猫:家で掃除機やインターホンの音を出し、反応を見ながら徐々に慣らす。音が鳴っても隠れず、落ち着いていられるようになったら褒める。キャリーに入れて短時間の外出を試し、外部の音にも慣れさせる。
ポイント:小さなステップから始め、ペットが慣れるまで繰り返す。怖がる場合は音量を下げて再挑戦。
4. 基本的なコマンドやルールを強化
目的:避難所では、ペットが飼い主の指示に従えると安全管理がしやすくなります。犬なら「待て」「おいで」、猫なら簡単な呼び戻しを強化。

犬:基本コマンドを多様な環境で強化
目的:避難所での混乱の中でも、「座れ」「待て」「おいで」のコマンドに従えるよう、さまざまな環境で練習し、集中力を高める。
トレーニングのステップ:
- 基本の練習:自宅で「座れ」「待て」「おいで」を毎日5~10分練習。リビングや庭で、静かな環境からスタート。「座れ」は座った瞬間に、「待て」は5秒静止できたら、「おいで」は飼い主に駆け寄ったら、それぞれ「いい子!」と褒め、小さなおやつ(低カロリーのトレーニング用)を。
- 環境を変える:慣れたら散歩中の公園、友だちの家、カフェのテラスなど、場所を変えて練習。たとえば、公園のベンチ近くで「座れ」を試し、人が通り過ぎても従えたら褒める。友だちの家では「待て」をドア付近で練習し、訪問者の動きがあっても静止できたらご褒美を。
- 難易度を上げる:気が散る状況(子供が遊ぶ声、車の音、他の犬の存在)でも反応できるようにする。散歩中に自転車が通るタイミングで「待て」を試し、5秒静止できたら褒める。最終的には、10~15メートル離れた場所から「おいで」を呼び、走って戻ってきたら大いに褒める。
- 応用練習:避難所を想定し、狭いスペースや人の多い場所(ペット同伴OKのイベントなど)でコマンドを試す。たとえば、ペットショップの通路で「座れ」をし、落ち着いていられたらおやつを。週2~3回、1ヶ月継続して多様な場面に慣らす。
ポイント:
- 犬がコマンドを無視したり興奮したりしたら、環境の刺激が強すぎるサイン。静かな場所に戻り、成功体験を積む。
- 練習は1回10~15分。犬の集中力が続く時間で、遊びや散歩の後に組み込むと効果的。
- コマンドは明るくはっきり発音。飼い主の声のトーンが一貫していると犬が覚えやすい。
猫:シンプルなルーティンで安心感を
目的:猫はコマンドよりルーティンを好むため、名前への反応や特定の場所に戻る習慣を育て、避難所での移動や管理をスムーズにする。
トレーニングのステップ:
- 名前への反応:猫の名前を穏やかに呼び、反応(顔を向ける、近づく)したら「いいね!」と静かに褒め、おやつ(ちゅーるや少量のドライフード)をあげる。毎日5分、リビングや寝室で練習。最初は1~2メートル、慣れたら5メートル離れても反応するよう目指す。
- 特定の場所に戻る習慣:キャリーやベッドを「安全な場所」に設定。キャリーに毛布とおやつを置き、名前を呼んで猫が近づいたら褒める。ベッドでは、猫が自ら乗ったらおやつをあげ、ルーティン化。週3~4回、2~3週間で習慣がつくよう促す。
- ポジティブな強化:おやつや遊びを使って練習を楽しい時間に。たとえば、名前を呼んでキャリーに入ったら、キャットニップのおもちゃで遊ぶ。ベッドに戻ったら、軽くブラッシングしてリラックスさせる。猫が嫌がる(耳を伏せる、逃げる)場合は、刺激を減らし再挑戦。
- 応用練習:家の中で環境を変え、来客時やドアの音が鳴る中でも名前を呼んで反応するか試す。キャリーを別の部屋に移動させ、猫が自ら見つけて入れたら褒める。最終的には、キャリーに入るのが避難時の「いつもの行動」になるよう習慣化。
ポイント:
- 猫は強制を嫌う。無理に呼ばず、反応するまで待つ。1回5~7分の短い練習を、機嫌の良い朝や夕方に。
- おやつは少量で、猫が喜ぶもの(ウェットフード少量でもOK)。食べ過ぎに注意し、1日分のカロリーを調整。
- ルーティンは単純に。複雑な動作を求めず、猫の自然な行動(歩く、寝る)を活かす。
5. 犬・猫共通:ストレスを和らげるケアを習慣に
目的:触られることに慣れさせ、ストレスサインを把握し、避難所での不安を軽減する手段を用意する。

トレーニングと準備のステップ:
- マッサージとブラッシングの習慣:毎日5~10分、穏やかな時間(食事後やリラックスタイム)にマッサージやブラッシングを。犬は首や背中を軽く揉み、猫は顎や背中を優しく撫でる。ペットがリラックス(犬なら目を細める、猫ならゴロゴロ鳴く)したら「いいね」と静かに褒める。触られるのが苦手なら好きな場所(耳の後ろ、胸)から始め、徐々に全身に。週3~4回、1ヶ月で慣れるよう促す。
- ストレスサインの観察:ペットのストレスサインを日常で確認。犬はあくび、唇を舐める、クジラ目を見せる、背中を丸める。猫は過剰な毛づくろい、瞳孔の拡大、尻尾の激しい動き。サインが出たら、落ち着く方法(犬ならゆっくり撫でる、猫なら静かな場所に移動)を試し、効果的な対処を覚える。サインを記録し、家族で共有して避難所での対応をスムーズに。
- 安心グッズの準備:ペットが愛着を持つ毛布、おもちゃ(犬なら噛む玩具、猫ならキャットニップ入りボール)、おやつを用意。毛布はペットの匂いをつけ、避難所で「家の安心感」を再現。グッズで遊び、ポジティブな連想を強化。毛布の上でおやつをあげ、落ち着く場所と認識させる。
- リラックスを促す遊び:短時間の遊びを日常に取り入れ、ストレス発散を習慣化。犬なら軽い引っ張り遊び(ロープ玩具で5分)、猫なら羽のおもちゃで追いかけっこ(3~5分)。遊び後、ペットがリラックス(犬なら横になる、猫なら毛づくろい)したら褒める。避難所ではスペースが限られるため、簡単な遊びで気分転換できるように。週4~5回、遊びをルーティンに。
- 避難バッグの準備:ペットのストレス解消グッズを避難バッグに常備。匂いのついた毛布、丈夫なおもちゃ(犬ならロープ、猫なら小さめボール)、1~2週間分のフードとおやつ、折り畳み式水ボウル、名前入りタグを。バッグは玄関近くに置き、週1回中身を確認、フードの賞味期限をチェック。グッズを日常で使い、ペットに「いつものアイテム」と感じさせる。
ポイント:
- ペットの反応を優先。マッサージや遊びで嫌がる(犬なら唸る、猫なら逃げる)場合は時間を短くし、好きな方法から再開。
- ストレスサインは個体差あり。獣医師やトレーナーに相談し、ペット特有のサインを把握。参考記事:【米国発】連載コラボ企画!第10回目:犬のカーミング・シグナルを知る
- 飼い主の落ち着きが重要。深呼吸やストレッチを日常に取り入れ、ペットに穏やかなエネルギーを伝える。避難所では飼い主のリラックスがペットの安心に直結。
トレーニングを始める前に:心構え
トレーニングは、ペットとの信頼関係を深める時間でもあります。焦らず、ペットの個性に合わせたペースで進めることが成功の鍵です。犬や猫は、飼い主の感情を敏感に感じ取ります。災害時を想像して不安になるのではなく、「一緒に乗り越えられる」と前向きに取り組む姿勢が、ペットにも安心感を与えます。
また、地域の避難所ルールやペット同伴のガイドラインを事前に確認しておくのも大切です。自治体によっては、ペット専用のスペースやワクチン証明の提示を求める場合があります。こうした情報も準備の一環として取り入れておきましょう。
トレーニングを続けるメリット
このトレーニングは、災害時だけでなく日常でも役立ちます。クレートに慣れれば、旅行や病院への移動がスムーズに。知らない人や環境に落ち着いていられれば、散歩や来客時もストレスが減ります。何より、ペットとのコミュニケーションが深まり、互いの信頼が強まる瞬間をたくさん味わえるでしょう。
災害は予測できませんが、準備はできます。犬や猫が避難所で穏やかに過ごせるよう、今から小さな一歩を踏み出してみませんか?