信じるか信じないかは人それぞれですが、目に見えない世界や、人間の五感を超えた不思議な領域について、皆さんはどう思いますか。私は「ある」と感じています。ただ正直なところ、「スピリチュアル」という言葉には、ふっと冷めて客観的に眺めてしまう自分もいれば、好奇心いっぱいで夢中になる自分もいて、その間を行ったり来たりしている感じです。そして大切にしているのは、他力本願にとどまらず、精神的な自立へつながる学びであること。
だからこそ、少しでも自分の成長や気づきに役立つなら、それで十分だと思っています。犬と人間の関係について語ったケイシーの言葉も、そんな「信じてみると世界が少し広がる話」のひとつ。どうぞ肩の力を抜いて、一緒にのぞいてみませんか。
〜Big Tree for Animals
犬と人間をつなぐ魂の学び ― エドガー・ケイシーの視点
犬と一緒に暮らしていると、不思議な瞬間に出会うことがあります。言葉にしなくてもこちらの気持ちを感じ取ってくれる、落ち込んでいるときにそっと寄り添ってくれる。そんな体験は、単なるしつけや習性では説明しきれない深さを持っています。
「眠れる予言者」と呼ばれたエドガー・ケイシー(Edgar Cayce)は、人間の病や魂に関する膨大なリーディングを残しました。その中には犬やペットについての言及もあり、犬は単なる伴侶動物を超えた存在であり、人間の魂の成長を助ける役割を持つ、と示唆しています。
モナという犬の物語

ケイシーの記録の中で有名なのが、モナ(Mona)という小型犬の事例です。ケイシーはこの犬について「かつてローマ時代に生きたライオンの生まれ変わりである」と語りました。そしてモナは、ある家族の魂の集まり(ソウルグループ)の一部として再びその家庭にやってきた、とも述べています。
「犬はいつも犬として生まれ変わるのか」という問いには、ケイシーは「状況による」と答えました。つまり動物の魂も柔軟で、学びの場に応じて姿を変える可能性があるのです。モナの存在は、「犬との出会いは偶然ではなく、長く続く関係の一部かもしれない」という考えを裏づけています。
自由意志と映し鏡

ケイシーは人間と動物の違いについて「自由意志(Free Will)の有無」を強調しました。人間は選択と責任を担う存在であり、犬はそうではない。しかし、それは劣っているという意味ではありません。
犬はむしろ、人間の心を映す「鏡」のような役割を果たすと考えられます。飼い主が不安定であれば犬も落ち着かなくなり、心穏やかに暮らしていれば犬も安定して過ごす。犬は私たち自身の在り方を静かに映し返し、気づきを促す存在なのです。
犬から学べること
無条件の愛を受け入れる
犬は飼い主を条件づけなく愛します。その姿は、人がもっとも学びにくい「ありのままを受け入れる」練習そのものです。
日々の整え方を映す
睡眠や食事の乱れ、家庭内の緊張は犬にすぐ伝わります。犬の健やかさを守ることは、自分自身の生活を整えることでもあります。
別れを越えて続く関係
ペットロスの痛みは大きいものですが、ケイシーの示唆する「関係は一度で終わらない」という視点は、心を支える力になります。夢や習性の似通いを通じて、再会の兆しを感じ取る人も少なくありません。
生活の中でできる小さな工夫
- 散歩のときに「ただ一緒に歩く」時間を大切にする。犬のリズムに呼吸を合わせるだけで、共鳴する感覚を体で感じ取れます。
- 帰宅時にはいつも同じ言葉とトーンで挨拶する。繰り返しは犬にとって安心そのものです。
- 亡くした犬への思いをノートに記録する。関係が「終わった」のではなく「続いている」と受けとめる視点につながります。
犬は、私たちにとって“ただのペット”ではありません。エドガー・ケイシーの言葉に照らすと、犬は魂の学びを共にする存在であり、私たちが自由意志をどう使うかを映す鏡でもあります。
愛犬と過ごす時間を「偶然の出会い」とみるのか、「魂の流れの一部」とみるのか。その選び方ひとつで、日常の温かさや深さは大きく変わっていくのかもしれません。
